そして、「恋空(こいぞら)」もそうなのでしょうが、「君空(きみぞら)」は中学生(ちゅうがくせい)には絶対(ぜったい)に読ん(よん)でほしくないと思い(とおもい)ました。シンナーや性行為(せいこうい)場面(ばめん)、そして死(し)の恐怖(きょうふ)との葛藤(かっとう)。どうしてこんなものを中学生(ちゅうがくせい)に読ま(よま)せる必要(ひつよう)があるでしょう。知ら(しら)なくて良い(よい)内容(ないよう)で、知る(しる)べきではない内容(ないよう)なのです。中学生(ちゅうがくせい)が読ん(よん)だとしたら、考え方(かんがえかた)が大きく(おおきく)変わる(かわる)ことも考え(かんがえ)られます。知ら(しら)なくて良かっ(よかっ)た恐怖(きょうふ)も感じる(かんじる)でしょう。閲覧者(えつらんしゃ)の年齢(ねんれい)制限(せいげん)もなく、誰(だれ)もが見る(みる)ことができる場所(ばしょ)にその小説(しょうせつ)があるということは怖い(こわい)ことです。映画(えいが)の年齢(ねんれい)制限(せいげん)がなかったことも同じ(おなじ)です。書く(かく)側(がわ)、物語(ものがたり)として流す(ながす)側(がわ)、どちらも読む(よむ)側(がわ)の年齢(ねんれい)を考慮(こうりょ)すべきではないでしょうか。そして、内容(ないよう)にも配慮(はいりょ)すべきだと思う(とおもう)のです。ただ、自分(じぶん)が深く(ふかく)愛し(あいし)たヒロという人(ひと)が存在(そんざい)していたこと、自分(じぶん)の大切(たいせつ)なヒロとの思い出(おもいで)を知っ(しっ)てもらいたかったのだろうという気持ち(きもち)はわからなくもありません。しかし、これから大人(おとな)になっていく中学生(ちゅうがくせい)に、あんな内容(ないよう)を読ま(よま)せることに何の(なんの)抵抗(ていこう)も感じ(かんじ)ないのでしょうか。書き足さ(かきたさ)れている部分(ぶぶん)も多い(おおい)ようですし、赤裸々(せきらら)に何もかも(なにもかも)書く(かく)のではなく、どうして読む(よむ)側(がわ)のことを考え(かんがえ)て内容(ないよう)を書き換え(かきかえ)なかったのかと思う(とおもう)と残念(ざんねん)です。美嘉(みか)も、それくらいのことは考え(かんがえ)られる年齢(ねんれい)にはなっていると思える(おもえる)からです。ドラマの「恋空(こいぞら)」ではそんな批判(ひはん)や非難(ひなん)がないことを願う(ねがう)ばかりです。もしもドラマでもそんな内容(ないよう)があったりしたら、今度(こんど)こそ抗議(こうぎ)が殺到(さっとう)するでしょう。
愛する人よ